いったい今年はどうしたことでしょう。悪いことは続くと言いますが、今朝いつもより遅く起きたら今度は地震ではないですか。
最大震度7ではこれが北海道でもあれほどなのですから、東京に起こったらどうなるでしょう。
人はいつの間にか怖さを忘れる生き者だし、自分にはこんなことは起きないと軽く人ごとにとらえてしまう癖がありますね。
思い起こせば私は仙台で今回の3,11の一つ前の地震を経験しています。
もう40年くらい前でしょうか。子供が小2と小1の頃にマンションに暮らしていました。8階ですとちょうど震度7位揺れました。
立っていられないくらいで廊下に両手をつきグラグラの中、小2の子がしがみついていてもう一人の子が友人の家に遊びに行っているのでエレベーターに閉じ込められていないか等ものすごい家具などが倒れる騒音の中ですごく心配でした。
ドアまで行って開けようとしてもどうやっても開かず閉じ込められたと恐怖で手が震えました。幸い外にすでに逃げていた男の人に窓の柵をこじ開けてもらって外へ脱出しました。
その時に思ったのは子供のことがまず一番。主人は仕事でいなかったのですが帰途無事だろうと思ってはいてもとにかく家族のことが何と言っても気がかり、最後人間はやはり自分の家族なんですね。
災害の時には自分の家族の無事ばかり必死で心配になります。
世のなかで一番大切なものはお金で買えないものだと生きていくうちに嫌というほど思い知りました。
命。これはどんなにお金を払ってもなくなる命は救えません。
また人の心も同じですね。信頼や愛情はお金では買えませんね。
相談所をやっているとよく会員さんから相談を受けますが、最初は条件で見ていてなかなか心まで行きません。好きになったら条件が悪くても何とかやっていけますが、なかなかそこまで到達しません。
見た目や条件などで人を判断してしまい、結局自分なんですね。相手の良さなどはすぐにはわからないのですね。と言うよりは好きでない人の好さなどはわからないわけです。
好きになりなさいと言っても所詮人の心は自分でどうこうできません。
お見合だって恋愛だって好きになるか、どうかの話は同じなんですが、つい自分の将来が先に立ち損する結婚はしたくないとなるんですね。
御互いそんなことを言っている間はいつまでも決まりません。
災害の時あの人に生きていてほしい、生きていてさえくれたら何もいらないと思う気持ちが結婚のお相手選びの最終判断なんですね。
どうか自分がそう思ったらその人が貴方のベターハーフ。大切にしてください。